その「努力」は間違っているのかもしれない

努力 カイゼン

自粛期間が続くいま、個人的には陰ながら努力をしておこうと思うのですが、この「努力」というものについても今一度考えてみる必要があるでしょう。

努力には正しい方向性があります。企業のカイゼン活動でも、間違った努力をしている企業が多かったりします。どうせやるなら「間違った努力」ではなく「正しい努力」をしなければなりません。では、「間違った努力」というのはどういったものなのでしょうか。3つほど例を挙げて考えてみましょう。

(1)ゴールを間違えている

例えば「CADの資格を取る」というゴール設定をして、そのゴールに向けて努力をしているとします。しかし、そのCADの資格を取っても会社から評価されなかったり、仕事であまり役に立たなかったりしたらどうでしょうか。勉強をした努力が無駄になってしまうというか間違っていたことになります。そのゴール設定で正しいのかどうか、しっかりと評価されるのかどうか、事前に見極めなければいけません。

(2)嫌いなことをやろうとしている

その努力の対象がそもそも好きなのかどうかは重要です。「好きなことを仕事にしよう」などと言いますが、たいていの人は嫌いなことを頑張ることができません。借金返済のためとか、他の会社に内定がもらえず仕方なく、という事情で努力したところで成果を出すことはできません。好きなことを仕事にするのは難しいですが、人間というのは基本的に好きなことでないと力が出ないものなのです。

(3)アウトプットをしないで終わる

例えばバレエの練習をしている人は、どこに向かって努力しているかというと「発表会」です。多くの人に見てもらうために日々の練習に励みます。同様に、仕事の会議資料の作成も会議で使ってもらうためにいそいそと作成します。どんなに素晴らしい努力をしても、アウトプットしないで終わってしまうと意味がありません。1つ目のゴール設定の話に近いですが、最終的にアウトプットすることを前提に努力をすべきです。

以上3つを逆にまとめると、「やりたいこと」「好きなこと」「求められること」に力を入れると正しい努力として上手くいくことが分かってきます。

「やりたい」けど「できない」ことであればできるように努力をすればいいですし、「できる」ことでも「求められていない」とすると、満足した結果は得られないでしょう。さらに「やりたくない」「できない」「求められる」となると、それはもうブラック企業かと思うぐらい辛いことなのかも知れません。

では、さらに突っ込んで「正しい努力をするために気をつけるべきこと」はあるのでしょうか。
また3つほど挙げて解説してみましょう。

(1)正しい努力している人は「努力している」という自覚がない

好きなことが努力に繋がっているわけですから、実際に正しい努力を重ねている人は「今日も努力しています」などと口にしたりしません。「毎日充実している」というような感覚で仕事に臨んでいるはずです。逆に間違った努力をしてしまっている人ほど「こんなに努力しているのになぜ評価されないんだろう」と「努力」というキーワードを口にするようになります。なんだか不思議な話ですが、自分自身が無駄な努力をして成果が出ない状態を、正当化したいがゆえに口から出てしまうのだと思います。

(2)完璧を求めないようにする

何ごとも完璧にやらないと気が済まない人は、無駄が多いように思います。仕事は「成果」を求められますから、その過程でどんなに努力をしていようが、大して努力をしていなかろうが関係ありません。完璧主義の人は自分が無駄なところに力を入れていないかどうか確認したほうが良いでしょう。ゴールやアウトプットにフォーカスをすべきだと思います。

(3)自分自身の努力を常に疑う

どんなに優秀な人でも、時に間違った努力をしてしまうことはあります。そんな時はすぐにその努力をやめ、正しい努力に舵を切ることが重要です。「せっかくここまでやったから」などといってしがみつくと、時間を無駄にしてしまいます。ですから、自分自身がやっている努力を常に疑い、「この努力は正しいだろうか」と自問自答しながら努力を続けていくべきです。がむしゃらに突っ走ってしまうと大きなロスになってしまう恐れがあります。

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