巧遅より拙速とは?意味やメリット、トヨタの現場での事例など詳しく解説
「巧遅より拙速」という言葉は、ビジネスの現場でどのように捉えられ実践されているのでしょうか。
ビジネスの大事なポイントを一言で言い表している言葉ではありますが、誤解を招きやすい側面もあります。そこで本記事では、巧遅より拙速の本来の意味を深堀りするとともに、正しい活用方法を提案していきます。
巧遅より拙速の意味するところとは?
孫氏の兵法書に記載されている言葉に「巧遅は拙速に如かず」と解釈できるものがあります。これは、「完璧に仕上げるために時間をかけるよりも、多少できが悪くとも早く仕上げるほうが良い」と理解することができます。
これが転じて「多少出来が悪くとも、早く仕上げること」「完璧は求めずに、合格点であれば良い」という現在のビジネス現場における“拙速主義”の考え方に繋がったと言われます。
現代の日々の仕事の中で求められるものは、拙速主義です。要点さえしっかり押さえておけば、後々やり直しがききます。求められているものは「細微」でなく「大枠」であることは皆さんの職場でもよくあることではないでしょうか。
とはいえ、拙速主義は仕事の現場において正しく理解されていません。感覚的に拙速主義の重要性を理解している人はいるかも知れませんが、実際のところ拙速主義は反発され認められていないといっても良いでしょう。
拙速主義に対して反発してしまう人がいるのは、「見切り発車」や「適当」、「手抜き」といったイメージが先立ってしまうためではないでしょうか。仕事上の倫理観をベースに考えると、「未完成なものを提出してもよいのだろうか?」という考えにいたってしまうのも無理はありません。
走りながら考える「巧遅より拙速」の功罪
「巧遅より拙速」は、ともすると“仕事を早く終わらせて帰りたい人”にとって、都合よく聞こえる言葉かも知れません。そんな捉え方によって変わってしまう「巧遅より拙速」が生み出す、良い面と悪い面について、いくつかポイントを挙げて解説しましょう。
ポイント(1)拙速は「生産性アップ」を生む
完璧ばかりを目指して膨大な時間を費やしてしまうのは、実際の仕事ではとても危険な行為です。考えているだけでは何も物事は進みませんので、仕事は動きながら考えるべきです。そして、最初から100点を目指すことなく、スピード感を意識して70点を目指すべきでしょう。
そうして早く終わらせることにより時間の余裕ができますので、間違いのチェックをする時間も生まれます。時間が生まれることで改善する余裕ができることは、とても大きなポイントなのです。
仮に完璧を目指して納期ギリギリに提出した場合、改善する余裕はないでしょう。早く終わらせることを意識して日々の仕事に取り組むことは、「行動力のアップ」「時間の短縮」「品質向上」「効率化」など、重要な結果につながっていくのです。
ポイント(2)「下手でも早いほうが良い」というのは誤解
拙速主義は、現代のビジネスの本質を捉えているとても理にかなった考え方です。しかし、捉え方によっては「適当な仕事で提出しても、後で上長のフィードバックを受けて直せば良い」という自分勝手な曲解が生まれかねません。
『孫子』による「作戦」からの引用ですが、「故兵聞拙速。未睹巧之久也。」という言葉があります。また、『魏志』による「郭嘉伝」にも、「巧遅者不如拙速」という言葉があります。これらを現代文に意訳すると「巧遅は拙速に如かず」「巧くて遅いことは拙くて速いことには及ばない」となります。つまり、「適当でも速く済ませれば良い」という意味でなく「下手でも速いほうがマシ」ということなのです。
なお、「巧遅は拙速に如かず」の出典は孫氏の兵法書のように言われていますが、実際の元ネタは『文章軌範』という書物です。
孫氏の兵法書の該当箇所と思われる部分を引用し、現代語訳にしてみました。
「軍隊の遠征は、様々な兵器や兵士を編成し、資材を調達し、外交使節をねぎらう費用など多額の金銭を使い、一日に千金を費やして念入りに準備をしてようやく十万の軍隊を動かすことができる。
遠征で自軍を疲弊させては兵の士気と多額の資金を失うので、長期にわたる持久戦をすることになれば国家経済は窮乏する。そうなったら中立だった諸侯も、その疲弊につけ込んで攻めてくることがある。
いったんこうした窮地に立ってしまえば、いかに知謀の人でも、善後策を立てることはできない。だから戦では拙くても速やかに進めたという話はあっても、巧に戦を長引かせる事はない。
そもそも戦が長期化して国の利益になったためしはない。用兵の悪手を知らない者には、用兵における利を知ることもない。」
これを読んでみると、やはり「拙くとも速さが大事」といった内容ではありません。「遠征しての戦争は長引かせると兵站も保たないし、国の経済が破綻するぞ」ということを教えています。
孫子の兵法書を出典とするのは、やや無理があるでしょう。
ポイント(3)「巧遅より拙速」の順になっている意味
では、拙速と巧遅の比較にて拙速を上位としたのはなぜでしょうか。そのおおもとは「巧遅者不如拙速」の出典元である『文章軌範』を調べるとわかります。
よりよい仕事の運びに序列をつけると以下のようになります。
- 巧速(巧い速い)
- 拙速(拙い速い)
- 巧遅(巧い遅い)
- 拙遅(拙い遅い)
もっとも良いのは「巧速」の1で、4は論外となります。巧遅拙速は、この序列だと2と3のことを言っているだけです。
『文章軌範』は、当時のキャリア官僚採用試験とも言われる科挙の受験参考書として編集されたものです。『文章軌範』には、「巧遅者不如拙速」の本意として、以下のような内容が記されています。
「エリート官僚なら皆そこそこ優秀なのは当たり前です。大天才や大秀才は滅多に現れないため、完璧な仕事を求めるのも難しい。したがって「巧遅」は現実的とは言えません。エリート官僚ならそこそこ優秀な仕事は普通にできるという前提がある訳だから、「拙速」重視とした方が遙かに効率が良いのです。」
最低限のパフォーマンスがある前提で拙速を重視していますので、拙いものを拙いと自分で分かっていながら“拙速だからいいんだ”と提出すると、上司から指摘を受けてしまうでしょう。
歴史上の金言は前後関係を把握せずに読み取ろうとすると、自分の都合の良い方向に捉えてしまいがちです。時代背景やその意図を読み取ったうえで仕事に活かさなければならないのです。
仕事が速くクオリティも高い人の、4つのポイント
では実際に拙速で動き「仕事が速く、クオリティも高い人」は、どのような事を心がけて仕事に取り組んでいるのでしょうか。4つのポイントを挙げて解説しましょう。
ポイント(1)結果としての速さを念頭に置いている
ある調査会社の調査によると、簿記試験の合格率は電卓を叩く速さと比例しないそうです。なぜそのような結果になるかと言うと、電卓を高速で叩きまくる人が確認のためにもう一度電卓を叩く傾向があるからだといいます。そこでまた数字が合わないと焦りが生じてしまい、ミスがミスを呼び込むことになるわけです。
一方で電卓を叩くのが遅い人は、一回で正解を導き出す傾向にあるようです。そのため、結果的に電卓を叩くのが早い人よりも作業を速く終えることができるというわけです。
「拙速で行こう」と言いつつ何度もやり直しをしていては、結局、拙速主義とは逆のことをしていることになります。実際の仕事でも、できるだけ早く仕事を終わらせようとバタバタしているチームのほうが、かえって残業が多くなることはよくあることです。
仕事が速く、かつクオリティも高い人は、「瞬間的な速さ」にとらわれることがありません。そうではなく、「結果としての速さ」を念頭に置いている、ということが言えます。
ポイント(2)“正しい判断”に磨きをかけている
ポイント1でお伝えした通り、行動は速いもののやり直しが多ければ本末転倒です。とはいえ、正確でも仕事が遅すぎるのもよくありません。仕事が速くクオリティも高い人は、まず正しい判断を行い、判断に沿って仕事のスピードを高めていきます。
正しい判断に磨きをかけるためには、まず書き出してみることです。頭の中だけで考えていることを、より明確な判断に落とし込むために、判断で生じるメリットとデメリットを書き出します。それは、タスクを消化する上で『設計図』をつくるイメージです。
仕事が速くクオリティも確保できる人が磨き抜かれた設計図をもとに順調に仕事を進める一方、仕事の速さのみを求めてしまう人は、頭の中のぼんやりしたイメージのまま「拙速だ!」と実行していくため、後になって間違いや漏れが出やすいのです。
ポイント(3)忙しいときほど“劣後順位”を考えている
経営・人材育成コンサルティング事業に携わる、株式会社AND CREATE代表取締役の清水久三子氏は、著書『1時間の仕事を15分で終わらせる』のなかで、仕事をかなり進めたあとでやらなくても良いことに気がついたところで、一度喪失した時間は取り返せないと注意喚起を促しています。
仕事が速いだけの人は、やらなくても良いことまで巻き込んでしまいながら力技で進める傾向があります。そこで重要なのは『劣後順位』です。劣後順位とは、「やらないことを決める」こと。忙しいときほど、優先順位よりも劣後順位を優先したほうが仕事のスピードアップにつながるのです。
劣後順位の決め方は、次の3パターンがあります。
・「何のためにやるのか」を自問自答して、やらないことを決める
・要望や方針、工程の変化で要らなくなったものはないか洗い出す
・品質にこだわるあまり、無駄な工程や作業が生じていないか確認する
見切り発車をして力技でスピードを上げていくよりも、計画通りに事を運んでいけば、さらに速くクオリティ高い仕事ができます。仕事ができる人は、忙しいときほど一旦立ち止まって仕事を振り返る習慣をもっているのです。
ポイント(4)スピードよりもタイミングを重視している
一つのタスクに「どれだけの時間がかかるのか」と考えるよりも、「いつやるのか?」という視点はとても重要です。
例えば、勤務時間を増やして大変な仕事を乗り切るという考え方はあくまでの「自分だけの問題」に終始しますが、何かを提出するなどタイミングの問題は他者がかかわる問題になってきます。他者との関わりで成立するビジネスでの現場では、タイミングはとても重視されるのです。
以下の3点は、『タイミングの法則』と呼ばれています。
・すぐやる……頼まれたその日にわずかでも着手する
・すぐ出す……約束の日よりも速く提出する
・すぐ応答する……明確でないことを質問された場合でも、まずはその場で暫定的に答えを出す。例えば「1週間以内に回答します」などと期限を約束する等
仮に確認が必要な内容について上司から質問を受けた場合、それぞれの対応は以下のように予想されます。
・仕事が遅い人……回答を保留しつづけ、聞かれたら応える
・仕事が速いだけの人……確認不十分なまま回答し、あとで間違いを指摘される
・仕事が速くクオリティも高い人……「恐らく〇〇だと思われますが、まだ確定ではありませんので、月曜日に●●さんに確認したのち、必ずご報告します」と暫定的に答えて、確実に実行する
仕事が遅い、または速いだけの人は、要望に正確に対応できないため信用を失ってしまいます。しかし、仕事が速くクオリティが高い人は、もし回答が後日になったとしても「仕事が丁寧で速い」という印象を与えるでしょう。
つまり、大慌てで仕事を急ぐとか、抱え込んで着実かつ完璧に仕事をしなくても良いのです。相手を不安にさせたりイライラさせたりしないタイミングで、しっかりレスポンスを返すことが重要だということです。
巧遅より拙速を実践している企業事例
それでは、「巧遅より拙速」を実際に体現している企業の事例を2つ紹介しましょう。
例(1)スタートアップ企業
個別の企業ではないのですが、基本的にスタートアップ企業のほとんどは「巧遅より拙速」主義を掲げており、実際にその通りに行動しています。Facebook(現・META)社の創業者であるマーク・ザッカーバーグも、「Done is better than perfect」(完璧を目指すより終わらせよう)とよく言っていた話は有名です。
現代のビジネス環境からすると、新たなビジネスチャンスを獲得するまでは限られた人数で回していかないといけないため、巧遅より拙速が迫られるのは必然といっても良いかも知れません。
話し合うべき課題が急浮上したら、即座に会議を開き、決定したことを直ちに行動に移していくのがスタートアップです。いちいち完璧を求めていたらやっていけませんが、仕事の根本的な質を落としてしまうと信頼を得られないため、いつまでたってもユニコーン企業になることができません。
スタートアップ企業では「巧遅より拙速」を実践しながら、クオリティの高い仕事をする方法についても模索しているはずです。
例(2)トヨタ自動車
私も現場メカニックとして働いていたトヨタですが、創業以来「巧遅より拙速」主義が実践されていることで有名です。トヨタの現場では「まずやってみる」ということが大事な評価ポイントの一つになっているのです。
例えば、会議の際に『カイゼンのポイント』が指摘されると、会議が終わった帰り道に、カイゼンの方法を探しているような、そんなスピード感が求められています。
カイゼンにおいて「巧遅より拙速」が求められるトヨタではありますが、普段の仕事の内容が「それなり」で良いわけではありません。普段から頭を働かせて仕事に向き合いながら、「新しい取り組み」や「カイゼンすべき業務」の際には拙速で動いていくのです。
「カイゼン」の講演なら原マサヒコへ
拙速主義の根底には、「ある程度、仕事ができる人が」という前提があります。拙速主義の目指すところは、速く仕事を完了させることです。間違いだらけでもいいから速く仕上げればいい、という意味ではないことは十分に認識しておきましょう。
もし「巧遅より拙速も含め、トヨタのカイゼンについて社内で詳しく講演をして欲しい」などの要望がありましたら、原マサヒコまでご依頼ください。エピソードなども交えながらカイゼンについて講演をさせていただきます。
詳しくは下記の講演ページをご確認のうえ、お気軽にご相談ください。
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